ルイが順を追って説明し、補足という形で代行が話す。
「−−−と、いうわけです。疑問はありますか?」
ひととおり説明を終えたルイが、レンを見る。レンは、説明されたルートを、視線でなぞった。ひととおり終えて、代行とルイを見た。
「プロの意見に、俺がどうこう文句つける筋合いはないだろう?」
「持ち上げすぎっすよー! 確かに俺はその道のプロだけど、いつだって完全な作戦を立ててるわけじゃないんですから。容赦なくチェックして欲しいくらい、っす」
「とはいえ、特に気になる点は何もないんだ」
「強いて言うなら?」
食い下がるのは代行。目を輝かせながら、身を乗り出しす。そんなに論破されたいのだろうか、とレンは訝しんだ。
「どうしても、というなら一つ。ルークのことは、当然計算に入れているな?」
「もちろん! と言いたいのはやまやまなんですけどね。読みきれてない部分があるのは否めないっす。可能な限り、応対策を盛り込んではいますよ。そういや医者、何か言ってました?」
「俺の体の具合や、他の連中の体調について、ちらほら」
ふうん、と代行が頷いた。しかし、本当のところは、代行についてだった。
会議室を出てから、すぐ、レンは医務室へ向かった。ドアを開けると、メルスは机に向かっていた。メルスは、レンを一瞥するとすぐに机に視線を戻した。
「ワンドのナイト。留まるか留まれないか、微妙なところだね」
カードに凝っているのは相変わらずのようだ。
「逆位置か」
レンの問いに、メルスはため息をついて、カードを机に置いた。
「さすが。本、貸すんじゃなかったな。占いは、中身を知らない奴がいるから尊敬を集められるのに」
「俺だって、中身を知っているわけじゃない。意味を覚えてるだけだ」
「それでも、一発で当てるなんてそうそういないって。占者が意味を定義つけてる部分もあるし。でもいいなあ、すぐに記憶できるっていうのは。俺もその能力が欲しいわー。医者っていうのは、覚えることが多いから嫌になるね」
「覚えておきたくないことも覚えてしまうんだがな。それで、どういった用事だ?」
レンは、メルスの近くの椅子に座った。患者の座る椅子だ。メルスと向かい合わせの格好になる。
「代行のことで、ちょっと耳に入れておきたいことがあってね」
「何だ、怪我でもしてるのか、あいつは」
「いや、怪我だったらまだマシかもしれないんだけどねえ」
メルスが、話しづらそうに視線を上方へ遣った。
「実は代行って、病弱なんだよ」
呟くように、無表情でメルスが言った。
聞き違えたのだろうか、とレンは思った。ビョウジャク、その単語の意味を何度も考える。しかし、出てくるのは「病弱」という言葉だけで、考えれば考えるほど納得がいかなかった。
メルスは、乾いた笑いを浮かべつつ、眼鏡を押し上げた。
「ああ、ごめん。普通は沈黙しちゃうよなあ。代行の主な症状は貧血。ほかには、風邪をひきやすいとかアルコールに弱いとか……挙げていけばキリがないくらい。当然、本人は否定してる」
あの代行が、病弱。レンには、えらく間の抜けた冗談にしか聞こえなかった。
「代行を騙して調べたところ、先天的なものみたいなんだよな。だから薬も効きづらい。一応、料理長にも話して、栄養も考えてもらってるけど……代行、滅多に艇にいないからな。外でばっかり食べてる、いや、飲んでるのか? とにかく不摂生なんだ、これが」
「なるほどな。それで、俺にどうしろと?」
「定期的に医務室に来てくれるよう、代行に言ってもらえる? 今、代行に死なれても困るRavenじゃん。適当に騙して点滴の1本や2本、ブチ込んどくから」
えらく軽い口調で、メルスが言った。
確かに、代行にあっさり死なれては困る。
しかも、仕事でならまだ分かる。「病気で」というのはシャレにならない。いったい、同業者の誰が信じるというのだろう。デマ扱いされるのがオチだ。
「おーい、お頭ー。聞こえてますかー」
代行が、レンの目の前で手を振っている。昨日のことを思い起こしているうち、外界の情報を遮断していたようだ。
レンは、代行の顔を正視した。体調が悪いようにはとても思えない。それでも、船医が「病弱」だというのだ。
「代行。無茶するなよ。怪我したらすぐに医務室に行くんだぞ」
レンの言葉に、代行は吹き出した。
「なんですか突然。btcごときにはやられませんてー!」
「そうか。じゃあ、そろそろ代行も支度を始めてくれ。暗器の手入れが必要だろう」
「了解。じゃ、失礼しまーす」
ドアが閉まって、数秒経っただろうか。書類をまとめながら、ルイが口を開いた。
「ここまできたら、残らないわけにはいかないですよね?」
レンは、ため息をついた。潔く送り出してくれる人員は、どこを探せばいるのだろうか。
「どうして、そこまで引き止めにかかる?」
「今のRavenには、レン=ファウラーという人が必要です。いままで築いてきたものを突然放り出すほど、あなたは冷たい人ではないでしょう?」
「何を根拠に」
「ロイドさんの元で育ったこと。信頼するに足る、理由です」
ロイドの元で育ったことと信頼がどのように関係するのか、レンには分からなかった。大棟梁やその周辺で、ロイドがどんな評価をされているというのだろう。
「それに、横柄で鷹揚な態度でも何とも思われなくなるのには、時間がかかりますからね。お頭の場合、あっという間になじんでしまったのが不思議なくらいです。すごいですね」
褒めているのか、けなしているのか。ルイが、にっこりと言った。素直に喜ぶ気にもなれず、レンはルイから視線を外した。
「最初、代行に「少しくらい横柄にいっとけ」と言われたから、なんだがな」
「なるほど。「少しくらい」の拡大解釈が、また妙にうまくはまったものですね。結果オーライです。……さて。お頭は、支度をしなくていいんですか?」
しないわけにはいかない。部屋に戻って、いくらか本を見て。先ほど聞いた「作戦」に適したものを、いくらか考えておかなくては。
支度を開始することをルイに告げて、レンも会議室を出た。廊下の気温が、少し低く感じられた。
明日への準備。時には単純なそれを、何度、繰り返してきたことだろう。
繰り返す、ということは、同じことを二度三度と行うことだ。だから、厳密には「繰り返し」てはいない。
正確には「似たようなこと」をしているだけだ。わずかな違いを見なかったことにして、一体何度、日々を重ねてきたのか。
昨日と今日ですら、わずかに数多に違うのだから。昨日と明日は、また大きく違うことだろう。