自然に、目が覚めた。日差しがまぶしい。カーテンを開けっ放しのまま、眠ったからだ。
 レオナは、ゆるゆるとベッドから出た。そろそろ、行動を起こさなくては。
「かと言って人間界には行けないし、魔界は論外だし、でもここにいても何の進展もないしなー。困った困った。ちくしょー、Ravenにいた頃が一番楽しかったなー。こっちじゃあ、何をするにも人の目があるしなー。飲みたいなー、騒ぎたいなー」
 ぶつぶつと言いながら、レオナは窓を開けた。風が、流れ込む。
 レオナが深呼吸をすると、ドアをノックする音がした。入室を許可する旨を言うと、すぐにドアが開いた。ドアを開けたのは、ミカエルだった。普段ならば、レミエルが「殿下、朝ですよー!」と、のんきにやって来るはずだ。
「おはよ。どしたの、悪いことでもあった?」
「朝食前にすまないな。厄介なことを一つ、報告しなければならない」
「なに、どういうこと?」
 レオナは窓から離れて、ミカエルに近寄った。
「宣戦布告だ、魔界の」
「なんで。なんでこの局面で戦争なの。こっちには母さんがいるんだよ? 親父は何をしたいの?」
「長兄が、次兄を殺した報いだと。殿下、身に覚えは?」
「あいつが、死んだ?」
 背中を、冷たいものが駆け抜けていった。疑問はいくらでも浮かんでくる。あの時の行動を、頭の中で一から再現する。苦痛。視線。
 違う、死んでいない。絶対に、死んでいない。
「殿下、質問に答えて。身に覚えはあるのか?」
「覚えは、ある、よ……でもまさか、そんな……だってオレは、そんな……」
 意識への語弊。死んでいない、のではなく、死んでいてほしくない。ただの願望。証拠はどこにもない。生きていても、死んでいても。
「どうする? 向こうは殿下を出せば領地の一部で勘弁してやる、といったことを言っているが」
 ミカエルの現実的な言葉に、レオナは意識を戻す。
「領地の一部って、具体的にどこ」
「浮き島のD地区だ。帯域の座標指定までしてきた。しかも、随分と細かい」
 浮島のD地区は、天界において「存在していない」とされる地区で、武器の製造が行われている。今回レオナが入手した銃も、D地区に運ばれている。
 天界は、表向きは武器の製造をしていないとされている。D地区の存在を知っているのは、天界の高官だけだ。
 そんなD地区なものだから、ディゼルヴァがD地区の存在を知っているのはおかしい。おかしいのだが、「14代目の魔界の王なら、何らかの手段で知り得たに違いない」と誰もが思う。ディゼルヴァのイレギュラーっぷりは、彼を知るものの間では有名だ。
「親父は何をする気なんだ? よりによってD地区? ディゼルヴァの「D」だから? いやまさかそんな馬鹿な。でも親父ならありえる。ありえるけど何かおかしい」
 レオナは歯噛みした。
 今まで、父親の思考速度に追いつけたことは無い。小さい頃からそうだ。チェスひとつするにも、ディゼルヴァは本気になった。当時10歳に満たない、自分の息子相手にだ。大人気ないと言えばそれまでだが、ディゼルヴァの場合、本人に親の自覚が無いのが一番の問題だった。自分の子どもへの認識は、「たまたま血の繋がりがある、他人」程度だった。
 レオナとミカエルが考え込んでいると、突然、レミエルがミカエルとレオナの間に出た。しかも、涙目だ。レオナをかばうような体勢で、レミエルはミカエルを直視した。若干、見上げるような状態で。
「殿下は殺してませんー! 確かに急所を外しましたー! 私、見ましたもん! 絶対に絶対に、ルナン殿下は死んでませんッ!」
 レオナとミカエルはぽかんとした。なぜ、ここにレミエルがいるのか。あっけに取られつつ、ミカエルはレミエルを小突いた。
「空気読めよお前は! いや、むしろいつからいたんだ!」
「ミカエル様が殿下の部屋に向かう途中、階段のあたりからついてきてましたよ! なんで気づいてくれないんですか! そんなに私って存在感薄いですか!」
「お前、わざわざ気配を消してついてきたんだろうが! 偉そうに言うな、わざとらしいッ! こっちは大事な話をしているんだ、下がれッ!」
 負けじとミカエルも声を張り上げる。
「イヤです! 断固、拒否します! 殿下は悪くありません! 殿下は、殿下は、ちゃんと考えた上での武器使用でした!」
 時折鼻水をすすりながら、レミエルが途切れ途切れに、叫ぶように言う。
「俺は納得していないからな、殿下の人間界行きの理由について。魔界の武器奪取だけとは、とても思えない。むしろ、その件は偶発的なことだったと思っているが」
 ミカエルが一瞬、レオナを疑わしげな目つきで見た。初めからつき通せる嘘だとは思っていないレオナは、まったく気にしない。本当の理由なんて、言えるわけがない。
「それで? どうやって、殿下の無罪を証明できる?」
「私のカンです」
「論外。会話になってない。下がれ」
 冷たい視線で、ミカエルはレミエルを睨む。
「ルナン殿下は絶対に絶対に、ぜーったいに、死んでません! それともっ、ミカエル様はっ! ルナン殿下が簡単に死んじゃうとでも思ってっ! いるんです、かっ! あの、性悪、がっ!」
 涙と鼻水で、ぐしゃぐしゃになった顔のまま、レミエルはミカエルを睨みつけた。ミカエルは、色んな意味で一瞬ひるんだ。
「確かに、あれがそう簡単に死ぬようには見えんがな。しかし、事が事だ。銃で撃たれたんだろう? さすがのルナン殿下でも、生き延びられたかどうか分からないと思うんだが」
「ミカエル様は14代目の言ったことを簡単に信じるんですか! 私の言うことと14代目の言う事、どちらを信じるんですか!」
 ミカエルは、少し考え込んだ。「レミエル」と即答できない、モヤモヤした理由が彼にはあった。
「死んだ証拠というものを、先方は提示してきたのですかっ!」
 再度、レミエルが大声を出す。
「少しは静かにしろ。葬儀を執り行った、という連絡もあった。いくらか、映像も付随していたが」
 レオナは違和感を覚えた。具体的に何がどう、というわけではない。ただ、その事象に対する違和感だ。
「オレ、体調くずしてるってことにしといて。面会謝絶でよろしく」
 レオナはミカエルを押しのけて、廊下に出た。
「どこに行く気だ、殿下」
「住所のない場所にね」

 自分の今後のことになど、頓着してはいられない。証拠が。証拠が欲しい。
 どちらに転んでも、納得できるものを。
 今は、意識はいらない。問いたい。答えを聞きたい。

「待ってください殿下ー! 今度こそ、私も一緒に行きますー!」
 レオナは、歩く速度を上げた。